映画『MOTHER マザー』
【キャスト】 長澤まさみ 奥平大兼 阿部サダヲ 夏帆
【スタッフ】 監督:大森立嗣 脚本:大森立嗣・港岳彦 製作総指揮:河村光庸
【原案】 山寺香「誰もボクを見ていない」(ポプラ文庫)
目次
あらすじ
男たちとゆきずりの関係をもち、その場しのぎで生きてきた女・秋子。シングルマザーである彼女は、息子の周平に奇妙な執着を見せる。周平に忠実であることを強いる秋子。そんな母からの歪んだ愛の形しか知らず、それに翻弄されながらも、応えようとする周平。周平の小さな世界には、こんな母親しか頼るものはなかった。やがて身内からも絶縁され、次第に社会から孤立していく親子。そして、17歳に成長した周平は、ひとつの殺害事件を起こす。妹・冬華の存在に希望を見いだし、学ぶことで自分の世界を広げようとした周平を何が追い込んだのか?事件の真相に迫るとき、少年の告白に涙があふれだす。彼が罪を犯してまで守ろうとしたものとは--
(C)2020「MOTHER」製作委員会
出典:Amazon prime videoより
筆者の感想
長澤まさみのクズっぷり
とにかく長澤まさみが演じた母親・秋子のクズっぷりがひどい。
長澤まさみと言えば近年では『コンフィデンスマンJP』シリーズで見せるコメディエンヌとしての印象が強いのですが、この『MOTHER』ではそのイメージを完膚なきまで破壊するかのようにただひたすらイヤな女・イヤな母親を演じ切ります。
加えて裸こそ見せないものの複数の男とのカラミも大胆に演じますし、長澤まさみの女優としての覚悟が伺える役柄。
また阿部サダヲ演じる秋子の内縁の夫・遼も秋子以上のクズ。
日雇いで日銭を稼いでくるだけ秋子よりはマシですが、暴力をふるったり都合のいい時だけ秋子にすり寄ってきたりとまるで好感が持てない。
遼は元ホストという設定なのに「なんで阿部サダヲ?」とは思いましたけど、彼が演じることで遼への憎悪が幾分中和されたというのはありました。これは秋子役を長澤まさみが演じたのと同じ効果と言えるのかも。秋子は最後の最後まで胸クソ悪い母親ですけど、この映画がただの嫌悪感まみれの作品で終わらなかったのは「普段の長澤まさみ(の役)はこんなんじゃないからな~」という我々が持っているイメージのおかげもあるのかもしれません。
実話がベース
この映画は2014年3月に起こった「川口市祖父母殺害事件」を基に作られています。
犯人は当時17歳の少年。殺害された祖父母の実の孫でした。
映画の中では少年(奥平大兼)が小学生の頃から学校にも行かせてもらえず、母親(長澤まさみ)や義理の父(阿部サダヲ)とラブホテルを転々としたり野宿をしながら生活する様が描かれます。俄かには事実と思えないこうした描写も実は現実にあった出来事なのです。
少年がこのような過酷な生活を強いられながら、やがて祖父母殺害に至るまでに何があったのか。
それについては毎日新聞さいたま支局の山寺香記者が丹念に関係者への取材を重ね『誰もボクを見ていない』というノンフィクションにまとめており、この書籍は映画の「原案」としてクレジットもされています。
本書には実際の裁判や、裁判が終了した「その後」についても記されており、映画を観た後「実際の事件とはどういうものだったのか」「事件を起こした少年は結局どうなったのか」を詳しく知りたい人に向けた最良のテキストと思われます。
特に映画では全く触れられなかったある秘密に言及されている箇所はかなり衝撃的で、まさに「事実は小説(映画)より奇なり」と感じた次第。
事件そのものに興味を持たれた方には是非ご一読をおすすめしたい書籍です。
居所不明児童
小学校5年生から学校に通わせてもらえなかった少年。
一体、学校は何をしていたのか?行政が介入する余地はなかったのか?
当然こういう疑問は誰でも持つと思います。筆者もそうでした。
しかしこの映画で描かれた両親のように夜逃げ同然で転居し住民票を移していなかったりすると、当該児童は居所不明児童となり行政側では存在を把握できなくなってしまうとのこと。
あるいは出生届を親が提出せず戸籍自体がない子供がいるケースもあるとか。
このような子供は全国に相当数居ると推定されていますが、そもそも公的書類等で存在を確認する術がないので正確な実態の把握は困難であろうと推測されます。
『MOTHER マザー』の大森立嗣監督は前作『タロウのバカ』(2019年9月公開)でもこうした居所不明児童を主役に据えた映画を撮っています。
タロウ(演・YOSHI)には戸籍が無く学校に一度も通ったことがない。母親にネグレクトされている、という設定。
共演は菅田将暉と仲野大賀。NTV系ドラマ「コントが始まる」でも同級生役を演じた二人が、この映画でも同級生役で出演しています。
大森立嗣監督はこの『タロウのバカ』と『MOTHER マザー』で2作続けて居所不明児童の存在を我々に提示しました。
大森監督自身に「この社会問題を世に知らしめなければ」という強い使命感があったのかどうかは定かではありません。
しかし結果として筆者はその問題を知ることができました。
これらの作品がきっかけとなり、不幸な子供たちが一人でも多く、そして一刻も早く救われることをただただ願うばかりです。
河村光庸プロデューサー
当記事を執筆中に『MOTHER マザー』の製作総指揮を務めた映画プロデューサーの河村光庸さんが亡くなられたというニュースを知りました。
2022年6月11日に心不全のため死去。72歳だったそうです。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。